【注目記事】超ざっくりした休眠口座のはなし

毒親というやつ

1 名前:以下、はてなにかわりまして元増田がお送りします。 投稿日:2009/01/07 02:58:20
前からわかってはいた。母親の仕掛けてくるあれこれに翻弄されて心を病みながらもそれを認められずに生きてきて、去年の夏やっと病名がついた。ほっとしたというよりも恐怖だった。
医者がずいぶん前からかかっていたようだと言った時正直やっぱりなと思うのと同時に安堵した。よく頑張って普通の生活を送ってきましたね、ともいわれた。考えてみれば心を病みながらも大学入試を乗り越え、大学を卒業しようとしているのだから心の病にかかってるとは言い難いのかもしれない。自分ではよくわからない。ただ、母親の存在が自分の毒になっているということがはっきりしたことだけが嬉しかった。

考えてみれば、母親とはまともな会話をしたことがない。いつも物の置き方や歩き方、扉の締め方で機嫌を伺っていた。突然スイッチが入るのだ。それは例えば、あのころはまだ小さかった妹が粗相をしたとか、皿を割ったとか、あるいは父親がへまをしたとかそういう負の原因の矛先が自分に向いていることもあった。たとえば運動会で一番になれなかったとか、マラソン大会で後ろの方を走ってたとか、勉強しているとかそういう自分に原因のある場合もあった。あるいは表情が変わらないとか、びくびくして隠れてばかりいるとかそういう環境による原因から来た自分の状態を責められることもあった。時には鍋が焦げ付いたからとか買ってきたものを間違えたからとか庭の植木の剪定がうまくいかなかったからとかそういう母親のミスが原因でスイッチが入ることもあった。いつどこでどういう風にスイッチが入るかはわからなかった。とにかく機嫌が悪ければ、自分に矛先が向いた。うまくことが収まらなければ、ちまちまとためているお小遣いを没収されたり、教科書などの学用品を捨てられたり、あるいは着の身着のままで追い出されたりもした。折檻も受けた。いまだに残っている傷跡もある。でも一番きつかったのは給食費や修学旅行費などの学費を出さないと言われることだった。それが一番弱った。
スイッチが入っていなければ普通の、ごく普通の家庭だったと思う。大学にまで行ってるのだから、と人は言うからおそらくは幸せだと考えなければならないんだろう。感謝しなければならないんだろう。そうずっと思ってきた。

学費のことはよく言われた。困らせようとしているのはある程度大きくなったらわかっていたが、しかし実際困った。中学を卒業してしまえば、金を出さない働けと言われてしまうとそうするほかなかった。そうしなければならないんだろうと何度か学校をやめようとしたこともあるが、そのたびに誰かに止められた。先生だったり友達だったり、恋人だったり。お金を出してあげるからと言ってもらったこともある。金を出さないという脅し文句は一番卑怯で最も子供に言ってはいけないことなんだから自分が悪いと思う必要はないと諭してくれた人もいた。その中で毒親という言葉を知り自分の母親がそうであるということも理解した。
よく考えてみれば、何を言っても言い訳になるようになっている。うまいこところころと人の発言を自分の思う通りに解釈してそれを掲げて人を糾弾するのが得意な人だ。自分が悪いような気がしてしまう。誰かを責めるためなら直前にいったことと180度逆のことも恥ずかしげなく言える人だ。しかしそれはうまくコーティングされて、それが正しいような気がしてしまう。そういう能力に関しては長けている人だ。生きてきた年数分うまいのだろう。

去年の夏ごろ、父親が病気になった。体に多少不自由が残っているが、自分で身の回りのことはできる。思うように動けないせいかややひがみっぽいことを言うことが増えたが、命に別条はない。父親も被害者のようなものだった。昔はそうでもなかったような気がするのだが、最近は呆けたような顔をすることが増えた。長年人格を否定され罵声を浴びせられ続けるとあんな空虚な顔になるのだろうと思う。その父親を母親は親の敵のように嫌っている。いや、母親が親に恩など感じているわけがないし自分でもそう言っているのだから、犬猿の仲とでも言えばよいのか。物心ついた時には母親が父親をいつものやり方で責め立てているのが日常の風景だった。
正月、正直実家に戻る気にはなれなかった。卒論もあるし、家に帰ったらそれどころではなくなるのはわかっていたのだ。でも帰らなければまたうるさいということもわかっていた。最大限の妥協をして年末の数日実家に帰り年が明けてすぐ下宿先に戻ろうと思っていた。でもやっぱりそうは問屋がおろさなかった。
愚痴を聞くだけなら、かまわなかったのだ。病人を抱えていればそれなりにたまってくるものはあるだろうということは簡単に予想できるから、それを聞くのはやぶさかではないと思っていた。忙しくてあまり帰らず申し訳ないとも思っていた。夏はちょうど私自身も心を病んでいてどん底にいたのであまり父親の病気には関わらなかった。関われなかった。それでもできる限りのことはしようといろいろしたのだ。しかし、それが足りなかったらしい。まずその不満からだった。母親は自分のしゃべっていることでどんどん興奮していくたちなのでなだめながら聞いていたが、でもやっぱり駄目だった。父親に向けられなくなった分こちらに向かってくるエネルギーがすさまじかった。私は疲弊した。そんな私を好きなように攻め立て、あらゆる事実を捻じ曲げ、母親は私を糾弾した。薬をいつもより多めに飲んでもそれでも駄目だった。気分が落ち込んでいくのは止められなかった。そんな私に母親はあんたの性格が悪いから病気になるんだといった。薬を飲むのをやめろと言った。医者なんか信用するなと言った。そして、その医者はあんたの好みなのかと聞いて嗤った。それでもおさまらなかったらしく、離婚してやると喚いた。離婚して父親の面倒を押しつけてやるといった。離婚したら結婚も難しくなるあんたはみかけもたいしてよくないし、と言った。父親の面倒をみたら仕事にも支障がでるだろうねと笑った。親が離婚していてさらにその親の介護をしているあんたは嫁にいけないよと言った。仕事にも集中できないから貧しい暮らしになるに違いないと言った。そういいながら笑った。ずっと私は正座し黙っていた。10時間。ひどい正月だった。卒論は進まなかった。たぶん留年すればいいとでも思っているのだろう。そういう人だ。留年したら就職は難しくなるから、これからも矛先を向け続けることができるし、そして逃げ出せなくなるとわかってやっているのだ。わかっていた。だから黙っていた。もう何度死んでくれたらいいのにと思ったかわからない。頭の中でぐるぐるとどうやって殺してやろうかと考えていた。そう考えるだけでずいぶん楽だった。どうやって苦しめてやろうかと考えていた。静かな気持ちになれた。

母親は私を捨ててやるとよく言った。母親は私を不幸にできることを信じて疑わなかった。子供のころはそうだった。しかし、いつまでもそうではないのだ。私は卒業し、就職したら母親を捨てるだろう。徐々に不自然でないくらいゆっくりと捨てるだろう。性急になってはいけない、勘付いて何もかも元の木阿弥になってしまう。母親は困らせればすがりついてくると思っている。またいつもの手を使って絡め取ろうとしてくるに違いない。だが、私は捨てるのだ。なにもかも。親もきょうだいも何もかも捨てて過去は断ち切るのだ。まともな生活を普通の人間関係を、得てもいいといろんな人が言った。幸せになっていいんだとたくさんの人が言った。母親が私を評したのとまるで逆のことをいつも他人から言われる。居場所を奪わない人がいる。失敗したら許してくれる人がいる。泣き言を言っても聞いて慰めてくれる人がいる。怒りを向けてもそれを受け止めてくれる人がいる。私のことを思い、傷つかないように言葉を選んで忠告をしてくれる人がいる。世の中にはそういう人がいてそういう人たちにたくさん助けられてきた。普通の、ごく当たり前のこと、そういう幸せを私に与え、私が差し出すものを受け入れてくれる人がいることを私は知っている。ふつうになりたい。いつも切望している。


追記:
わわわ、ありがとうございます。がんばって逃げます。
icloud 幸せになってほしい。あまり大きな声でいえないけど、計画がうまくいくといいな・・ ・・・・・ところでうちの母もこのような感じ(ここまでではない)のだけど・・・病院につれていってみるかな・・

残念ですが毒親本人はおそらく病院に連れて行ってもせいぜい境界線人格障害と診断?される程度じゃないかと思います。それだったら距離を置いてしまうのがよいのでは。程度によりますが少し距離を置いた方がうまくいったり環境を変えることで寛解することもあるらしいです。
お母様が毒親に苦しめられているということだとしても病院は病気になってる人しか助けられないので病名はつけてくれるかもしれませんが原因が取り除かれないことには…。穏やかな日々が来るといいですね。がんばりましょう。

私が飲んでるのはデパスじゃなくてリーマスなんですよね…正真正銘メンヘラです。はぁ。でもたぶんきっと本当に必要なのは、薬じゃなくて簡単になくならない信頼関係なんじゃないかと思うのです。たとえば私は無自覚に誰かを傷つけたり怒らせたりすることはあるわけだけれども、そういう状況になった時にあぁ生活すべてがめちゃくちゃになるこれで何もかも終わりだっていう絶望感にとらわれなくてもよい、という思えることが本当は必要なんです。そういう信頼関係が築ける相手がいることが必要なんです。対立しても怒らせても、ちゃんといいたいことは言って嫌だと思うことは伝えて、そういうことができる関係というのが。
母親は自分の存在を確かめるために、自分が必要な人間だと思われているということを確認したいがために私を使ってきたわけで、私はあくまでも母親の自尊心を確保するための道具だった。必要な道具だったからそこにおいていただけなんですよ。私じゃなくてもよかった。ただちょうどよかっただけで、そのために手入れもしたんだろうし金もかけたから手放すのは嫌なんでしょう。でももし代わりになる道具がでてきて私が必要なくなれば簡単に捨てるだろうってことを私は知ってる。
道具が持ち主を愛さなきゃいけないんでしょうか。しなくてもいいですよね。理解すらしなくていいと思う。泣かせてもエグいとすら最近は思わないです。やりこめることはできる(そのあと包丁が出てきたりとか面倒なことになるので避けることが多いですが)。だって私は道具だし。都合のよいように使えなかったから泣いてるだけでただの子供なんです。あの人は私にとって脅威ではない。ただの面倒な子供で、縁を切ってしまいたい。でもあの面倒な子供は生きてきた年数分だけ聡く狡賢いやり方を知って、攻撃力は半端ないし、私も痛いのは嫌だし職や住まいや恋人を奪われるのは嫌なので空気のように消えていくしかないんだと思います。中途半端はよくない。やるなら徹底的に消息を絶たないと、たぶんいろんな意味で殺されるから。
2 名前:以下、はてなにかわりまして増田がお送りします。 投稿日:2009/01/07 08:43:14
バカなの?死ぬの?

親子の縁なんて、子供の方から簡単に切れるんだから、切っちゃえばいいのに。
経済的に自立していないと大変だけど、無理じゃない。学生だって自立できる。

俺なんて実家にこの10年帰ってないし、電話がかかってきても、ぶっきらぼうに話をして切るだけだよ。
3 名前:以下、はてなにかわりまして増田がお送りします。 投稿日:2009/01/07 11:12:42
>>2
そういうことをして殺されかけましたよ。大家さんにもだいぶ迷惑をかけたし。
あの手合いから逃げるには行方をくらますしかないんです。
4 名前:以下、はてなにかわりまして増田がお送りします。 投稿日:2009/01/07 14:48:43
美輪明宏は被爆者で、若い頃毒親に悩まされた経験があるからか
「爆撃にあったら子供をおなかの下に匿って死んでこそ親で、そうでない親はただの血縁者だ」
って断言してましたな。
増田だけでもこのお母さんから逃げて、病気を治すことに専念して、
いつかご兄弟やお父さんを本当に助けられるようにするっていうのも一つの手かもしれません。

増田には美輪明宏の著作を全部読むことをオススメしたい。
ネットなんかでは批判が多いけど、
(そしてそう批判を食らっても仕方がない怪しさがあるけど)
増田みたいな人向きの内容ですね。ピンポイントです。
人生相談虎の巻とか人生相談系のやつは特にオススメ。
6 名前:以下、はてなにかわりまして増田がお送りします。 投稿日:2009/01/07 18:30:00
>>6
がんばれ。
ピンとはずれは許してくれ。
「がんばれ」というのは時に非情に感じるかもしれない。でもがんばれ。
自分精神科に通院してた頃に会社で発作起こして病院に運ばれ、帰りのタクシーの運ちゃんに話しかけられ、経緯を話してしまった。
「さっき喫煙所で似た人見かけたの。見たことあるなって思ったけどあんただったんだね。うつの人には「がんばれ」って言っちゃいけないって言うけど、オレはあんたにがんばれって言うよ。」
私は「おっちゃんの言う『がんばれ』の意味、分かるよ。負担にならない『がんばれ』だ。かえって楽になったよ。がんばるよ。」と言った。
事実そうだった。
タクシーを降りる時握手をした。奇跡が起こらない限り二度と会うことのない人、だ。
おっちゃんが私に「がんばれ」と言ってくれたお返しにあなたに「がんばれ」と言わせてくれ。
7 名前:以下、はてなにかわりまして増田がお送りします。 投稿日:2009/01/07 19:10:41
>>6
ありがとう。ちょっと泣いた。がんばるよ。がんばる。ほんとありがとう。



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コメント一覧

1001  名前:はてなようせい 投稿日:2009年12月25日 15:49
人格障害か、、、KYくらいならまだしも、合宿所に紹介されてるような
連中が、親になる日が来たらと思うと、他人事でも気が重い。
1さんのように、子供はいつだって親を頼るし、生み育ててもらった
事を、恩に感じるものだ。(例外は多様だが)
正気で、腐ってて子供を食い物や放棄する、親。
正気じゃなくて、自分の歪んだ正義をぶつけてくる、親。
個人的には、居ないほうがましな存在だ。
『親』は資格免許制度が必要って、極論を唱える人がいた。
賛成したい。
1002  名前:はてなようせい 投稿日:2009年12月25日 16:20
よいとまけのイメージで美輪の母さんは立派な人なのかと思っていた
1003  名前:はてなようせい 投稿日:2009年12月25日 20:00
増田さんその親の元で良く生き抜いてきたなぁ
偉いなぁ 自分なら踏み潰されて消されるかもしれないくらいの毒親だよ
1004  名前:はてなようせい 投稿日:2009年12月28日 00:58
うちの親と全く同じで驚いた。
増田と年も同じくらいだし。
ちなみにうちの親は統合失調症(診断当時は精神分裂病)
だったよ。
病院行っても治らないけどね。
俺はあと数年耐えられるかなぁ…
1005  名前:はてなようせい 投稿日:2009年12月29日 18:01
※4
病名つけてもらったからって病人扱いする必要はないぞ
就職したらさっさと逃げるが吉
1006  名前:はてなようせい 投稿日:2010年01月03日 21:52
結婚する相手以上に結婚する相手の親にもこういう環境であるという事を受け入れてもらえないと、あとがしんどい。
自分はパートーナーは受け入れてくれたけど、パートナーの親は受け入れてくれない(ちなみに同居だwww)。だからパートナー親は「どうして親の所にいかないの?親不孝だ」という。パートナー親は継母にきつく育てられたので、実母にそういう態度をとる自分が理解できないらしい。
兄弟の縁も切れないというか切らない選択をしたので、3年合わない親に来年からまた顔を合わせなくてはならない。兄はこの件で結構疲れきっているらしい。
出てゆける強さが羨ましい。でもたとえとなり町でも基本的に離れて生活している分まだましかもしれないが、後が思いやられる。
実家の方の親戚も義姉も甥も今は敵だしね。
なにはともあれ、うまくいくことを、願っているよ。
1007  名前:はてなようせい 投稿日:2010年01月03日 21:55
米1006
ひとこと抜けてたwww
「こういう環境」っていうのは、元増田さんとおんなじような環境だという事です。


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