天空の城ラピュタのエンディング曲を聞くと
1 名前:以下、はてなにかわりまして元増田がお送りします。 投稿日:2009/11/21 06:35:13
今日、天空の城ラピュタをテレビで観て
少し昔のことを思い出してしまった。
この思いを自分ひとりで閉じ込めておくことができなくなったので、
少し綴らせていただきます。
私が小学6年生の頃の話です。
当時、私は知能が弱い方でした。
私は生まれつきちょっとした障害を抱えています。
障害と認定されるレベルではないので、
そう綴ることは失礼になってしまうかもしれませんが、
普通にしていても、普通に見えません。
詳細を書くと個人が特定されてしまう恐れがあるので、
避けさせていただきます。
初見の人は、おおよそ目を丸くします。
今まで普通の人間として扱われたことがあまりありません。
それが原因であらゆる環境でイジメを受けてきました。
イジメだけではなく、冷たい視線や同情、哀れみも受けてきました。
障害のせいかわかりませんが、私は心の成長が遅いようでした。
善悪の区別がつかなく、よく母を困らせていました。
学業、音楽、運動に対してもまったく興味がありませんでした。
この時代の小学6年生と言えば、
好きな音楽のアーティストがいたりとか
運動をがんばっていたりするのが普通でした。
そういったことが私にはまったく理解できず、
楽しいこと、いたずらばかりして
喜んでいる本当にイタい少年でした。
ある日、合唱コンクールの課題曲を
クラスで決める会が開かれました。
私は毎年、合唱コンクールは歌わずに口パクだったので、
まったくその話に興味がなく机に落書きしていました。
クラスの女子は小学校生活最後ということで
思い出に残る曲をみんなで歌いたいと
言って盛り上がっていました。
そして、ピアノに通っている女子を中心として
合唱曲を天空の城ラピュタのエンディング曲「君をのせて」にしたいと
音楽の担当教師に持ちかけていました。
当時の私は、天空の城ラピュタすら知らず
物語、音楽の良さも、まったくわかりませんでした。
女子の意見に対して、
音楽の担当教師は、この曲は男女合唱で歌うような曲ではない、
第一、楽譜がないじゃないかと
その女子を跳ね返していました。
それでも、女子はめげずに、どこからか楽譜を入手して
ピアノの先生に変調してもらい、
男女合唱ができるようにしたみたいでした。
しかし、音楽の担当教師は、
こういった歌謡曲は卒業するときにカラオケにでもいって歌えばいいんだ、
と言って結局、よくわからない曲が課題曲に決まりました。
私としては、何事もなかったのと同じで
いつものように、口パクで歌い、それがバレて先生に呼び出され
歌詞を原稿用紙に書かかされるといった具合でした。
当時の記憶がどこまで正確かわかりませんが、
そのようなことがあったと思います。
小学校卒業後、少し音楽がわかるようになったときに
天空の城ラピュタのエンディング曲を聞いて、
この曲いいな、そういえばこの曲、合唱の課題にしようとしてた曲か、
あのとき歌えたら素敵だったろうな、と思いました。
その後は、天空の城ラピュタのエンディングをみると、
毎回、なんとなく、そのことを考えてしまいます。
時が経ち、私は大きく成長しました。
心も人並みに豊かになりました。
天空の城ラピュタの物語、音楽のすばらしさに感動します。
あのとき女子が取った行動にも感動します。
女子の願いは成就しなかったので
無意味な行動になってしまったのかもしれませんが、
私の心には深く刻まれており、大変、価値のある思い出になっています。
私も、もう少し心が豊で
学業、運動、芸術に打ち込めたらよかったな
と後悔してせつなくなります。
今回のラピュタでは、この思いを文章にして表現できるまで、
私の心は成長したのだと思いました。
次のラピュタでは、私はどうなっているのでしょうか。
終わり。
私の近況も少し綴らせてください。
心は成長しましたが、障害の方は変わっていません。
年とともに悪化しました。
いくつかの病院にも行きましたが、治りそうもありません。
未だに世間から冷たい視線を感じる毎日です。
ときどき人から注意されますが、
治る代物ではないので、返答に困ります。
しかし、イジメを避けるテクニックは身につけました。
自虐です。これをすると、
イジメられなくなるだけでなく、喜んでくれます。
私は調子にのって自虐ネタを披露して人を喜ばせます。
そのおかげで、ある程度、人気者になれました。
でも、ある日それがとてつもなく嫌になってしまい、
他人とコミュニケーションを絶つようになりました。
今は誰とも接しない日々が続いています。
これからどうしていいのかわからないです。
テレビのドキュメンタリーのように、
障害を乗り越えて何かを生みだしたいなと
思ってはいますが、なかなかうまくはいきません。
努力が必要だと思いますが、努力もできなくて、
泣き言ばかりで・・・。
少し昔のことを思い出してしまった。
この思いを自分ひとりで閉じ込めておくことができなくなったので、
少し綴らせていただきます。
私が小学6年生の頃の話です。
当時、私は知能が弱い方でした。
私は生まれつきちょっとした障害を抱えています。
障害と認定されるレベルではないので、
そう綴ることは失礼になってしまうかもしれませんが、
普通にしていても、普通に見えません。
詳細を書くと個人が特定されてしまう恐れがあるので、
避けさせていただきます。
初見の人は、おおよそ目を丸くします。
今まで普通の人間として扱われたことがあまりありません。
それが原因であらゆる環境でイジメを受けてきました。
イジメだけではなく、冷たい視線や同情、哀れみも受けてきました。
障害のせいかわかりませんが、私は心の成長が遅いようでした。
善悪の区別がつかなく、よく母を困らせていました。
学業、音楽、運動に対してもまったく興味がありませんでした。
この時代の小学6年生と言えば、
好きな音楽のアーティストがいたりとか
運動をがんばっていたりするのが普通でした。
そういったことが私にはまったく理解できず、
楽しいこと、いたずらばかりして
喜んでいる本当にイタい少年でした。
ある日、合唱コンクールの課題曲を
クラスで決める会が開かれました。
私は毎年、合唱コンクールは歌わずに口パクだったので、
まったくその話に興味がなく机に落書きしていました。
クラスの女子は小学校生活最後ということで
思い出に残る曲をみんなで歌いたいと
言って盛り上がっていました。
そして、ピアノに通っている女子を中心として
合唱曲を天空の城ラピュタのエンディング曲「君をのせて」にしたいと
音楽の担当教師に持ちかけていました。
当時の私は、天空の城ラピュタすら知らず
物語、音楽の良さも、まったくわかりませんでした。
女子の意見に対して、
音楽の担当教師は、この曲は男女合唱で歌うような曲ではない、
第一、楽譜がないじゃないかと
その女子を跳ね返していました。
それでも、女子はめげずに、どこからか楽譜を入手して
ピアノの先生に変調してもらい、
男女合唱ができるようにしたみたいでした。
しかし、音楽の担当教師は、
こういった歌謡曲は卒業するときにカラオケにでもいって歌えばいいんだ、
と言って結局、よくわからない曲が課題曲に決まりました。
私としては、何事もなかったのと同じで
いつものように、口パクで歌い、それがバレて先生に呼び出され
歌詞を原稿用紙に書かかされるといった具合でした。
当時の記憶がどこまで正確かわかりませんが、
そのようなことがあったと思います。
小学校卒業後、少し音楽がわかるようになったときに
天空の城ラピュタのエンディング曲を聞いて、
この曲いいな、そういえばこの曲、合唱の課題にしようとしてた曲か、
あのとき歌えたら素敵だったろうな、と思いました。
その後は、天空の城ラピュタのエンディングをみると、
毎回、なんとなく、そのことを考えてしまいます。
時が経ち、私は大きく成長しました。
心も人並みに豊かになりました。
天空の城ラピュタの物語、音楽のすばらしさに感動します。
あのとき女子が取った行動にも感動します。
女子の願いは成就しなかったので
無意味な行動になってしまったのかもしれませんが、
私の心には深く刻まれており、大変、価値のある思い出になっています。
私も、もう少し心が豊で
学業、運動、芸術に打ち込めたらよかったな
と後悔してせつなくなります。
今回のラピュタでは、この思いを文章にして表現できるまで、
私の心は成長したのだと思いました。
次のラピュタでは、私はどうなっているのでしょうか。
終わり。
私の近況も少し綴らせてください。
心は成長しましたが、障害の方は変わっていません。
年とともに悪化しました。
いくつかの病院にも行きましたが、治りそうもありません。
未だに世間から冷たい視線を感じる毎日です。
ときどき人から注意されますが、
治る代物ではないので、返答に困ります。
しかし、イジメを避けるテクニックは身につけました。
自虐です。これをすると、
イジメられなくなるだけでなく、喜んでくれます。
私は調子にのって自虐ネタを披露して人を喜ばせます。
そのおかげで、ある程度、人気者になれました。
でも、ある日それがとてつもなく嫌になってしまい、
他人とコミュニケーションを絶つようになりました。
今は誰とも接しない日々が続いています。
これからどうしていいのかわからないです。
テレビのドキュメンタリーのように、
障害を乗り越えて何かを生みだしたいなと
思ってはいますが、なかなかうまくはいきません。
努力が必要だと思いますが、努力もできなくて、
泣き言ばかりで・・・。
2 名前:以下、はてなにかわりまして増田がお送りします。 投稿日:2009/11/21 07:16:35
ええっとね、バブル景気頃から変わってきたんだけど、それ以前は「こだわる」ってネガティブな意味で使われていたのね。「そんなつまんないことにこだわるんじゃないよ」という感じに。
バブル景気にグルメブームが始まって、「素材にこだわる」というフレーズが多用され、妥協しない、自分がよいと思ったものをとことん主張する姿勢がポジティブに感じられるようになって世の中変わったんだけど、
宮崎駿ってその昔の価値観で考えれば、心方面の障害者として扱われているはずなのね。
ダメだと思ったらとことんダメなんだもの。そしてそれを縦横に言える環境を作ることに成功して。
売れているから周囲が認めて、ワガママや一方的な物言いに従っているけど、アニメやマンガを作っている人達、宮崎さんを除く全員が心の中で
「あんな破綻したストーリーが、なぜあそこまで受け入れられるんだ?でもそれでも面白いんだよな」
と不思議な気持ちになっております。
(竹熊健太郎さんがそれらを書いています。破綻していると指摘されたところを説明できればおk)
増田の不運は、自分の好きなものを見つけられていないことだね。
好きなものを見つけると、その世界の中で認められる関係が築けるものなんだけど、何かなかった?
3 名前:以下、はてなにかわりまして増田がお送りします。 投稿日:2009/11/21 09:00:45バブル景気にグルメブームが始まって、「素材にこだわる」というフレーズが多用され、妥協しない、自分がよいと思ったものをとことん主張する姿勢がポジティブに感じられるようになって世の中変わったんだけど、
宮崎駿ってその昔の価値観で考えれば、心方面の障害者として扱われているはずなのね。
ダメだと思ったらとことんダメなんだもの。そしてそれを縦横に言える環境を作ることに成功して。
売れているから周囲が認めて、ワガママや一方的な物言いに従っているけど、アニメやマンガを作っている人達、宮崎さんを除く全員が心の中で
「あんな破綻したストーリーが、なぜあそこまで受け入れられるんだ?でもそれでも面白いんだよな」
と不思議な気持ちになっております。
(竹熊健太郎さんがそれらを書いています。破綻していると指摘されたところを説明できればおk)
増田の不運は、自分の好きなものを見つけられていないことだね。
好きなものを見つけると、その世界の中で認められる関係が築けるものなんだけど、何かなかった?
>>2
横だけれど、頑固な職人とかの「頑固」がいい意味に転用されたのもそのころなのかな
横だけれど、頑固な職人とかの「頑固」がいい意味に転用されたのもそのころなのかな
